香りと旅して

香りと旅して

【徳之島】珈琲と寄り道の途中で

編集部による“香り旅”。次に訪れた土地は、鹿児島県。奄美大島を経由して降り立ったのは、農業や闘牛が盛んに行われている「徳之島」。豊かな自然が広がるこの土地で「国産珈琲」を栽培している、宮出珈琲園さんを訪れます。

朝10時。

徳之島南部の旧町営体育館にてお待ち合わせ。
ソワソワしながら車を降りてあたりを見回していると、

「おはようございまーす!」

遠くの方から手を振ってきてくれた人こそ、今回取材を引き受けてくださった宮出さん。
ハキハキとした明るい声に、わたしたちの緊張も一気にほぐれていきます。

(4回目の取材ですが、この瞬間が本っ当に緊張するんです。)

旧町営プールの一角で事務所を運営しているという宮出珈琲園。
早速施設へと案内されると、プールサイドには木材やペンキなどが広げられています。
今は、週末に行うイベント準備の真っ最中とのこと。

「島の方々に集まって頂いて珈琲について語り合うんだ。お天気が心配だけどなんとかなるよ。」

こんな大自然の中で(しかもプールの中で)珈琲を飲めるなんて。

全然想像できないけど、絶対に楽しそう。
さらにふとプールサイドに目をやると、何やら可愛らしい2台の車が。

「手作りのキッチンカーなんだ。半年かけてようやくここまできたけど、ちょっと時間がかかりすぎたかな。森の奥にあっても良いし、どこにもっていっても面白くなるかもね。これで珈琲を届けていけたらいいなと思ってるけど、全然決まってないんだ。」

事前にお電話で話した通り、やさしい口調の宮出さん。

「なんだか素敵なところにお邪魔しているな〜」
お話を聞きながら、私の心はワクワクしっぱなし。

せっかくなので、宮出さんのもとで働くスタッフの方にモデルになっていただくことに。

とっても素敵な笑顔が眩しい♡

2階にある事務所へ向かう途中、元更衣室として使われていたであろう部屋に「焙煎所」を発見!
建物の外にまで、香ばしくスモーキーな香りが漂っています。これでもか!というくらい、今までに嗅いだことのないほど強い珈琲の香り。

「中、のぞいてもいいですか…」

編集部ふたりは前のめりで焙煎所へとお邪魔します。

室内は、香ばしさがさらに強く感じられ、焙煎された珈琲豆がテーブルの上で光に照らされていました。焙煎所の入り口には、きれいに整備されているであろう大きな機械。

「日本で珈琲を栽培している場所はまだまだ少ないから、機械もオーダーメイドなんだ。」

奥の棚には、麻の袋や発送用の包装紙などが並んでいます。
ここで焙煎して、全国へと発送しているそう。

焙煎したての珈琲豆。香ばしさが段違い!

2階の事務所は、日の光が差し込みとっても明るい雰囲気。カウンターには、珈琲を入れるキッチン用品がずらりと並んでいます。

日本で珈琲園を始めたきっかけ

昔、実際にインドネシアジャワ島までコーヒー園を見に行った時に痛感した「労働と価格の格差」。
この経験で、宮出さんは矛盾を感じたそう。

「実際に自分で栽培をしてみて、労働の過酷さを思い知らされたね。
どれだけ働いても価格が見合わないし、それだけで食べていくのは不可能。この原因を考えたときに、ものづくり側が価値を決められるのではなく、消費者が上から決めているからだと思ったんだよ。」

価値を決めるのは、ものを作っている人間なのではないか。この矛盾の打開策を、身をもって見つけ広げていきたい。という思いから、本格的に珈琲の栽培にのり出したそう。

珈琲栽培は、21℃前後が最適な気候。
偶然にも、この条件に合っていた徳之島の土地を買い取らないか、と誘いを受けていたこともあり、この地での珈琲栽培を始めることを決意したといいます。

「若いときはなんでも取り入れる”プラスの生活”をしていたけれど、大きな挫折をしてね。思い切って全てを断捨離したんだ。暮らしを”削ぎ落とす”方にシフトしていってね。すると、自然と事がうまく運ぶようになっていったんだ。」

「大変な状況の中でも、人とのコミュニティーは自然と生まれててね。11年かけてようやく軌道にのることができたんだ。今は15年目だけど、まだまだこれからだね。」

軌道に乗るまでの間には、十種以上の仕事を掛け持ちしていたという宮出さん。

「いろんな経験をしてきたからこそ今が成り立っているのかな。たくさん削ってきたけれど、昔から人には恵まれていたかなぁ。珈琲のあるところに人は集まってくるんだ。」

宮出珈琲園は、人を雇わない代わりにファームステイやインターン生など、多くの若者を受け入れています。取材に訪れた春先は特に人が多く、今日は二手に分かれて活動中とのこと。

「自分自身が、いろいろな経験をしてきたから教えられることがあるのかな。どんなことも次の世代につないでいきたいね。」

この日事務所にいた4名の学生さんも、それぞれいろんな思いを抱いてこの地に辿り着き、宮出さんの元で学んでいるそう。

「僕にとっては、満たされているより追い込まれている方が好きかな。
今は、毎日が幸せです。」

珈琲の魅力とは

「珈琲といえば、ほとんどの人は「豆」をイメージするけど、僕にとっては、花も葉も果実も全部が珈琲。なかなか良いものが取れるんだよ。同じ珈琲の木から派生したものだから、捨てるところはないと思うよ。全部が主役になれるんだ。」

珈琲について語る宮出さんは本当に楽しそう。

「滅多にできないものに自分で価値をつける。売れなければ全て自分の責任として返ってくるから、それの繰り返しかな。色々と試行錯誤しながら、やりたいように進めているよ。発想に隙間があるのが面白い。」

新しいパッケージに使用するというスタンプ
「花」「実」「葉」「豆」の4種類がある
やさしい文字に癒されます

ここで、宮出さんの信念のもと生まれたブランド「シガラルタン珈琲」を見せていただくことに。

シガラルタンとは、直訳すると「借金してもすぐ返せる」という意味。
昔、インドネシアの珈琲農家は奴隷として働かされ、「珈琲の葉」のみ使うことを許されていたといいます。珈琲の木は、種を植えてから収穫まで「5年」待たないと実らない木。
そんな中、2〜3年で実をつける品種(シガラルタン)が出来上がり、生まれた珈琲なんだそう。

この珈琲を飲みながら、そんな歴史も感じて欲しい。と宮出さん。

「豆」「葉」「花」の3種類の珈琲が味わえるシガラルタン珈琲。

うーん、、どれも気になる。

「当たり前に飲んでいる珈琲も、意外と当たり前じゃないことも多いんだよ。珈琲の背景まで伝えていくのが自分の役目なのかもしれない。」

宮出さんが何より大切にしていることは『生産者と消費者が対等な立場であること』。

「珈琲は特に、良質なものにばかり目が向けられ、価値を付けられていく世界でね。三角形のトップで輝くより、底の部分を盛り上げていきたいんだよ。」と宮出さん。

すると、キッチンで作業をしていたスタッフの方が、2種類の飲みものを振る舞ってくれました。

珈琲の果皮を煮出してミルクで割ったものに、スパイスを混ぜ合わせた「カスカラティー」と呼ばれる珈琲。中米ではよく飲まれている飲み物なんだそう。もう一つは、麹菌がついた珈琲。

もちろんどちらも初体験。一体どんな味なんでしょうか。

左:麹菌珈琲 右:カスカラティー

まずは麹菌のついた珈琲をひと口いただきます。

「少し麦茶?っぽいようなにおい…?」

濃いめの色とは裏腹にすっきりとした飲み心地。珈琲をたまに飲むくらいの私でも、明らかに違いがわかるほど香りも味も格別です。

続いて、カスカラティーをひと口。
珈琲牛乳のような味をイメージしていましたが、珈琲特有の苦味はほとんどなく、まろやかな風味。複数のスパイスが後からピリッと効いて、少し大人なお味。

初めて飲む珈琲スパイスに大感動!

「昔は塩や胡椒、唐辛子なんかも入れていたみたいだよ。もしかしたら、珈琲はチャイのルーツだったのかも。あくまで僕の仮説だけどね。」

心地よい島風が吹き抜ける中、みんなで珈琲を片手に談笑。穏やかな時間が流れています。

宮出さんが見据える未来

常に新しいこと、面白いことにチャレンジする事が好きという宮出さん。

「自分は飽き性だから、同じことをずっとは続けていられないんだよ。珈琲園をここまで続けていられるのは、農業もあり産業もあり、新しいことの連続だからかな〜。」

なんと、来月からは「奄美大島」でも珈琲栽培を展開させていくとのこと。

「今の若い子にとっては、珈琲はファッションの一部になっている気がしてね。産業を広げていくことだけじゃなく、若い子たちに、珈琲の奥にある文化や土っぽさも伝えなければいけないと思ってるよ。」

普段何気なく飲んでいる珈琲にこんな歴史があったなんて。全然考えてもみなかった。と、お話を聴きながら少し反省しました。

宮出さんご自身の夢をお伺いすると、
「僕自身は、60代になったらもっといろいろなものを削ぎ落とし、徳之島の森の中でひっそりと珈琲店を開くのが夢なんだ。そこに辿り着くまでは、徳之島以外の場所で活動しているかもね。でも、最終的にはこの地に戻ってくるつもりでいるよ。今はまだ寄り道の途中かな。」

寄り道の途中、か。

宮出さんの口から出てくる素敵な言葉に終始感動していると、突然思いもよらぬ言葉が。

絵本のテーマになっているスタンプ

「あとは、絵本かな〜。」

え、えほん…?
いきなりなんの話か。状況が飲み込めずにいると、宮出さんは笑って教えてくれました。

「珈琲の絵本を読みながら、珈琲を知って、体験して欲しいんだ。そんな妄想をしながら、実は今、”珈琲の森”をつくっているんだよ。珈琲の木を登場させて、お話を広げていきたいんだ。これから、その森に遊びに行こうか!」

まるで少年かのようなキラキラした笑顔の宮出さん。

私たちは、”宮出少年”に連れられて、いよいよ「珈琲の森」に足を踏み入れます。

中編「珈琲の森を目指して」記事へ

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