香りと旅して

香りと旅して

【福岡】食品メーカーが生み出す「繋がる香り」

記念すべき10箇所目となる香り旅の舞台は、福岡県。
今回訪れた大一食品工業さんは、筍水煮や果実シロップ漬けなどを製造している老舗食品メーカーです。竹林に囲まれた閑静な敷地内に「八女飛形蒸留所」を併設し、食と香りという新たな視点から蒸留しています。

静かな竹林に囲まれた八女飛形蒸留所
八女飛形蒸留所さんを知ったのは、夏の暑さが過ぎた頃。

「秋といえば、金木犀の香りだよね〜」そんな話から、国内で金木犀の精油を抽出している生産者をリサーチしていたところ偶然ホームページを見かけ、即座に取材のアポ取りをしました。

香り旅初の九州とあって編集部も当日までドキドキ…!

博多の中心部から南下した八女市の南、飛形山の麓の自然豊かな土地に大一食品工業さんはありました。

「遠いところわざわざありがとうございます。早速蒸留機からご案内しましょう。」
わたしたちの到着を笑顔で迎えてくれた松﨑社長。

金木犀の蒸留時期に合わせてスケジュールを組んではいたものの、実は、金木犀って開花時期がとっても短い植物。
今年は気温の高い日が続いたこともあり、残念ながら念願の金木犀蒸留に立ち会うことは叶いませんでした。(取材日があと1週間早ければ…!)

ですが、この日も朝から別の香りを蒸留をしていただいていました。
「柚子の皮+ヤブニッケ+イチョウ・紅葉の葉っぱを煮出した液」を混ぜ合わせた、秋ならではの香り「紅葉」を抽出中。

九州産にこだわった原料は、八女市を中心に様々な農家さんから送られてきたり、仕入れたりしているそう。時には、社員さんが実際に収穫しに行くこともあるそうです。
季節によって作られている香りの種類は変わりますが、20種近くのアロマの蒸留を行っているというから驚きです。

カゴいっぱいに入ったヤブニッケ
イチョウ&紅葉の葉を煮出した窯

蒸留中の機械の前でお話を聞いていると、これまでの取材先とは違う違和感が…。

ん?香りを一切感じない!!!

よーく見ると、蒸留機の後ろには大きな黄色の2枚の張り紙。

「装置名 減圧水蒸気蒸留機」
「蒸留中は香りはほとんど外に漏れることはありません!!」

なんということ!!

相方も驚きの様子でカメラのシャッターをバシバシと押しています。

「香りが漏れないのは、この蒸留機のおかげです。窯の中を減圧することで沸点を下げることができるから、無駄な香りの損失を防げています。蒸留所で香りがするということは、一番いいところを全部逃してしまっていると私は思っているんです。この一番いいところをハイトップノートと呼んでいてね。そこも逃さない蒸留法を自分で考えたんですよ。」

いきなり理科の実験のようなお話に真剣に聞き入ってしまいます。蒸留を始めるようになったのは、数年前から。試行錯誤を繰り返しながら現在の蒸留に至っています。

「1年を通して水温が保たれている飛形山の伏流水を使い、圧をかけて蒸気を強制冷却しています。大切なのは、蒸留ではなく冷却して液体に戻すこと。液体に植物そのものの香りを閉じ込める重要な作業ですから。」

蒸留方法も蒸留する植物も、これまで行ったところとは大違い。
そして「精油を抽出する」のではなく、「香りを閉じ込める」という表現は、初めて耳にした言葉です。

取れたての精油は、これまで嗅いできた柚子のシャープな爽やかさだけではなく、甘さとちょっとスパイシーな香りが混ざり合った初めての香り。

「すぐそこで採った八女ニッケが入っているからね。ニッケで、一番有名なのは京都の八ツ橋かな。独特な風味があるから試しに入れてみたら、意外と相性がよくて。」

生のニッケを見るのは初めて。蒸留前の葉っぱの香りを嗅がせていただくと、ほんのりとスパイス系の香り。
柚子と相性が良いなんて考えてもいなかった…。

1日の蒸留は約5回、蒸留に1時間、窯の清掃にはなんと3時間もかけているという徹底ぶり。蒸留を終えた原料は、畑の肥料にしている、全てはつながりなんです。と松﨑社長。

しばらくして蒸留を終えると、社員の方が丁寧に窯を水洗いしてこの日の蒸留は終了です。

奥で珈琲を飲みながらゆっくりお話しましょう。と、案内された敷地内には「幸せ国産アロマオイル」と書かれた看板が掲げられた小さな建物、そしてベンチやパラソル。

心地よい風が吹く特等席でいよいよインタビュー開始です!

食品メーカーとしての挑戦

大前提として、精油を取りたかったわけではなく、”食品に香りを引用できないか”そう思ってあの蒸留機を導入しはじめたんです。
香りを取り出す事業をはじめたきっかけも、たくさんの”つながり”から生まれたと松﨑社長は教えてくれました。

「きっかけは3つ。1つは梨のジャムを作った時に友人に言われた一言ですね。梨の匂いって覚えてるか?って。みずみずしさや食感はぼんやり覚えているけれど、匂いは全く分からなくて。その時の食品と匂いは大きく関係していると気付きました。美味しい食べ物は美味しい匂いがする、ってね。」

あとは代々続いてきた家業が大きく影響しているそう。いろいろな人との関わりの中で香りづくりに興味を持ち始めたといいます。

過去の経験から生まれた独自の「ハイクオリティ・クロスブレンド抽出法」

松﨑社長は、なんでも自分の手で作ることが好きなアイデアマン。
ここで作られているブレンド精油は、香りの閉じ込め方も原料の組み合わせも全て社長自らが考案した独自の方法です。

一般的なブレンド精油は、それぞれの植物から精油を抽出した後に混合しますが、八女飛形では、原料の段階で混合させる「ハイクオリティ・クロスブレンド抽出法」というブレンド方法を採用しています。

「この方法は、食品メーカーで40年近く働いてきたからこそできたと思っています。原料それぞれの特徴を知っているからその良さを最大限に引き出すことができるので。香りの繋げ方も技術も食品で得た知識が詰まっています。」

アイデアマンの社長は、多彩な経歴の持ち主。
なんと、音響にも詳しく独自に編み出したブレンド方法を”スピーカー”に例えて教えてくれました。

「スピーカーは、低音・中音・高音の音を1つにするために、それらがクロスした部分をカットしながらなだらかな1つの音として響かせているんです。香りも混じり合った部分を丁寧にカットして1つの香りとして作っています。」
香り同士の掛け合わせを「調香」といいますが、松﨑社長は、蒸留=植物同士の香りをつなげるという意味を込めて「繋香(けいこう)」として表現しています。

素敵な言葉すぎて言葉が出ない…。

お話に聞き惚れていくにつれ、これまでの香りの概念が少しずつ変わっていきます。

淹れたての珈琲と美味しそうなみかん

よかったらこれも食べてみて。このみかんは全部美味しいよ。
促されるまま、みかんをひと口いただいてみると、とっても甘い!!!!

「実はね、柑橘の評価委員を務めたこともあるから、生産から全部知っているんだよ。だから、美味しいみかんもわかる。」

松﨑社長、どこまで幅の広い人なんだ。

評価委員や食品メーカーで積み重ねてきた経験、そしてそこから広がった人とつながりの上に今がある。
好き嫌いせず、興味のもったものには常に真正面から丁寧に向き合うことで新たな世界が生まれるのだと、取材を通して教えていただきました。

「世の中にまだないものを自分で見つけて想像し、作り続けていく。正解はどこにもないから常に試行錯誤しながら毎日働いているので飽きないですよ。」

人とのつながりが広がるにつれて松﨑社長の構想もどんどん膨らんでいきます。

そんな松﨑社長、今はニホンミツバチの養蜂を進めているそう。

「たまたま、この辺りにニホンミツバチが飛んでいて。友人に声をかけてもらったのがきっかけ。偶然始められたんだよ。」

社長お手製の巣箱

ニホンミツバチの養蜂をはじめて半年、また新たな人脈(ハチ友)が広がっているそうで、今後は自分で取った天然のミツロウとアロマを混ぜ合わせたハンドクリームやリップクリームを作ってみたいと、現在猛勉強中なのだそう。

「この年から好きなことを勉強していくのがものすごく楽しいし、いろんな角度から物事を考えられるようになったよ。」

この先どんなものづくりを始めていくのだろうか、松﨑社長の挑戦はまだまだこれからのようです。

最後に社長が自ら補修したという可愛らしい小さな建物でアロアを嗅がせていただきました。十六夜、紅葉、細流(せせらぎ)などどれも秋にぴったりで素敵なネーミング。

金木犀の蒸留水で作られたアロマスプレーもあります。

大一食品工業さんで100年近く作られている「筍水煮」や蒸留前に絞った柚子果汁で作られた「ポン酢」や「ジャム」も販売されていましたよ。

棚の上には先ほどお話にもあった大きなスピーカーが。これも社長のお手製なのかな…。

室内はゆったりとしたジャズが流れていて心地よい空間。

趣味の延長に今がある。

敷地内の奥にある、今年オープンしたばかりの1日1組限定キャンプ場も見学させていただきました。

すぐ脇には綺麗なせせらぎが流れていて、夏には野生のホタルが飛ぶのだそう!
向かいの斜面にはキイチゴもなるそうで、宿泊者はみんな大喜び。

私がお話を聞いたテラスでBBQを開催したり、足湯(これまたお手製!)をしたり。
時には、足湯をステージにしてライブを行ったり。
食品メーカー企業の敷地内とは到底思えないほど、ゆったりとした時間が流れています。

宿泊をしなくても蒸留体験やアロマの購入は気軽にできるそうなので、福岡県に訪れた際にはぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

今回お世話になったところ
八女飛形蒸留所(大一食品工業株式会社内)
福岡県八女市立花町北山4007-2
HP

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