香りと旅して

香り

1400年続く日本の香文化

香水や柔軟剤、ボディケアアイテムにいたるまで、私たちの身の回りにはたくさんの「香り」が溢れています。
そもそも日本ではじめて香りが楽しまれたのはいつ頃のこと?当時はどんなものが使われていた?
今回はそんな「日本の香りの歴史」についてご紹介します。

1.「日本書紀」に登場した “お香” の記述

日本で香りが使われるようになったのは、仏教が伝来した飛鳥時代だと言われています。
日本の歴史を記した「日本書紀」に、もっとも古い ”お香” の記述があったのは595年のこと。

現代風に要約すると、
「淡路島に大きな沈水(じんすい)が漂着した。島人はそれとは知らずに薪と一緒に竈で燃やしてしまった。その煙が遠くまで香ったので不思議に思い、その木を朝廷に献上した。」と記されていました。

ここに出てくる沈水とは、香木の沈香(じんこう)のこと。
沈香はジンチョウゲ科の樹木がもとになっている香木で、木の樹脂が長い年月をかけて変質し、特有の香りを放つようになったもの。水に沈むくらい重いため「沈水香木」と呼ばれていて、それが沈香の名前の由来となっています。

2.宗教から、暮らしの中へ

当時の “香り” は、主に仏前を清め、邪気を払う「供香(そなえこう・くこう)」として使われていて、仏教の意味合いが強いものでした。
奈良時代になると、唐の鑑真和上が仏教の戒律(修行者の生活規律)とともに、香薬や香の配合などの知識を日本に広めました。その頃から仏教の儀式としてだけではなく、貴族の生活の中でも香りを楽しむ風習が始まったのです。

3.平安貴族に広まった空薫物(そらだきもの)

平安時代に入ると、香りは貴族の嗜みとして広まります。
沈香などの香木と、丁子(ちょうじ)などの香料の粉末に、蜂蜜や梅酢を加えて練り固めた「練香(ねりこう)」を用い、「空薫物(そらだきもの)」という部屋や着物に香りを焚きしめる風習が盛んになります。
宮廷の女性たちは、人と会うときに顔や姿を表立って見せないことがマナーだったため、香りは自己のアピールやおしゃれとして重要な役割を果たしていました。清少納言の『枕草子』や紫式部の『源氏物語』にも、香りに関する記述が多く残されています。

4.香木の香りを楽しむ「香道」が生まれる

鎌倉時代になると、大陸との貿易が盛んになったことで、中国から質の良い香木が手に入るようになります。
一本の沈香の香りを聞く(かぐ)ことが武士たちの間で流行し、衣服や甲冑に香りを焚きしめてから戦いへ出陣していました。権力のある武将は、最高の香木をコレクションしていたとも言われています。

室町時代には香木の香りを鑑賞する香文化が誕生し、のちに「香道」を確立していきます。香席で香木を順にまわし、香りをかぎ分けたり、香りの組み合わせを当てたりして繊細な香りを楽しみました。

5.庶民にも香りが身近になった江戸時代〜現代

江戸時代になると「香道」の作法が確立。日本固有の芸道として発展していきます。
香りの異同や文学的なテーマを取り入れた「組香」が創作され、優れた香道具も作られるようになりました。

町民の間にも香文化は広まり、「お線香」の使用も一般的なものになっていきます。
香木の最高級品「伽羅(きゃら)」の名前がつけられた整髪料「鬢付け油(びんつけあぶら)」が庶民に広まり、後期になると芳香化粧品として化粧水も誕生します。

江戸末期〜明治初期には、外国から「香水」が伝わり、明治以降には「香水(においみず)」として国産の洋風フレグランスが作られるようになります。
日本女性の髪型や化粧などの洋風化も相まって、香水や化粧品が急速に普及。大正以降になると合成の香料工業も発展し、香料は化粧品だけでなく、食品にも利用されるようになりました。

間接的に熱を加えて香りを楽しむ練香(ねりこう)

このように、はじめは外国からもたらされた “香り” でしたが、平安時代以降は日本独自の香り文化として発展し、人々の暮らしに根付いていきました。

現代では香水やフレグランス商品が身の回りに溢れるようになりましたが、この機会にかつての日本人が楽しんでいた「香木」や「お香」に触れて、日本の伝統に思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。

お香の種類と楽しみ方についてはこちら

参考サイト
香りの歴史|日本香料工業会
お香の歴史|いつきのみや歴史体験館
原始化粧から伝統化粧の時代へ 平安時代5 花開く香り文化|ポーラ文化研究所
伝統化粧の完成期 江戸時代14 武家・庶民に広がる香り文化|ポーラ文化研究所

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