【兵庫】但馬の森で育ったヒノキの香り
森林面積が市の84%を占めるという、兵庫県養父市。ここに3代に渡って木材加工業を続け、新たな取り組みとしてヒノキの精油を作り始めた会社があります。まろやかで丸い香りが特徴という養父市のヒノキ。その香りの秘密を取材します。
清々しい風が吹く但馬の夏
今回香り旅編集部がお邪魔したのは、兵庫県北部に位置する但馬(たじま)地方。
この日は夏が始まったばかりの7月後半。
気温は34℃と、外に立っているだけで汗が吹き出るほどの暑い日でしたが、時々吹く山あいから風が涼しく、アスファルトだらけの都会の暑さは違う!青々とした稲穂も見ていて気持ちが良い〜。
さあ、着きました!こちらが取材を受けてくださった正垣(しょうがき)木材株式会社さん。
広大な敷地には大量の木材が置かれ、そこかしこから爽やかな木のい〜い香りがします。
今回の私たちのお目当ては、みんな大好き「ヒノキ」の香り。
こちらの正垣木材さんでは、木材加工の傍ら、地元・但馬地方のヒノキの木から精油を作っているんです。
正垣木材さんのある兵庫県養父(やぶ)市は、森林面積がなんと市の84%。そんな緑豊かな土地にあるヒノキの木からは、一体どんな香りがするのでしょうか。
木材加工の作業現場に初潜入
大きなハサミのようなものがついたショベルカーに、丸太を運んで行き来するフォークリフト。木材加工の現場での取材は初めてだったので、編集部一同ドッキドキ。
いざヘルメットをお借りして、取材開始です。
「危ないからこっちでお話ししましょう!」
そう案内をしてくださったのは、この道約20年という岡村さん。優しそうな笑顔に取材の緊張も和らぎます。
早速準備してきたカンペを広げ、インタビューを始めようとすると、大きな運搬車が1台、目の前を通過していきます。見上げるほど大きな荷台には立派な丸太がぎっしり!
「これは切り出したばかりの木材で、この量が一日に5、6台くらい入ってくるんですよ」
木材のメインは兵庫ですが、近隣の岡山や京都、鳥取からも木材が入ってくるそう。木は計画的に山から切り出された間伐材で、杉が9割、ヒノキは1割ほどなのだとか。ヒノキの割合って少ないんですね。
「この木口(こぐち/年輪が表れる面)の芯材が赤いのが杉で、白っぽいのがヒノキです。」
こんなに大量の丸太を見ることも、木の見分け方を教えていただくことも初めてなので、全てが新鮮!
カメラ担当の相方もバッシャバッシャと写真におさめていきます。
岡村さんに説明をしていただきながら、広大な敷地を順番に見学。
こちらでは大きなチェーンソーが付いた重機で丸太をカット。機械で何mと入力するとその通りの寸法で切れるのだとか。すごい!
カットした木材は向かいの建物に運び入れ、巨大な鉛筆削りのような機械にセット。細かいチップ状にしています。
出来上がったチップは、製紙パルプ(ティッシュペーパーや段ボールなどの紙製品)の原料になったり、バイオマス発電※の燃料として使用しているそう。
※バイオマス発電は、動植物などから生まれた生物資源を「直接燃焼」したり「ガス化」するなどして発電するもの。
「一日に200りゅうべいくらいの量をチップにしますね」
りゅうべい?
聞いたことのない単位に「?」が浮かんでいると、
「私もここに来てから初めて知ったんですよ。丸太とか、立米計算っていうのを使うんです」
と助け舟を出してくれたのは、営業の植田さん。
なんでも木材業界では立法メートルのことを「りゅうべい」と呼ぶのだそうで、1m3=1立米。200立米は、200m3の量ということなのだそう。
素人にも丁寧に説明をしてくださる正垣木材の方々。皆さん優しくて、長く会社が続いているのは、こういうところにも秘密があるのでしょうか。
チップにする以外は型枠材や輸送用のパレット(荷物を移動させる台)に加工。広い敷地内にはそれぞれの加工場があり、職人さん達が腕をふるっています。
「昔は地元にも家を建てる大工さんがたくさんいて、ここでも家を建てる柱となるような製材をしていたんですけど、分業化が進んで、今はパレットやパルプの原料の製造を主にやっているんですよ。」
正垣木材さんでは間伐材の他に、林道を作る際などに発生する木の根っこや、解体現場で出る木くずなどの“廃材”も収集。廃材はすり潰してから、製紙パルプ会社のボイラーの燃料として利用しているそう。
「みんなが嫌がるような仕事も、先代の代から引き受けるようにして、仕事も広がりましたね」
「木は人とまちを元気にする」というのが正垣木材さんの理念。
間伐材や廃材を紙製品やエネルギーとして再生させたり、木を暮らしの中に取り入れていくことで、より多くの人が山に目を向け、そして放置林や山崩れなどに意識を持つことで、暮らしや環境をよりよくすることにつなげていけたらと日々取り組んでいます。
情感たっぷり、自然豊かな但馬(たじま)の森
付近の山を知り尽くした岡村さんに、但馬の森を案内していただきました。
急な斜面をグングン進んでいく岡村さんに、へっぴり腰でついていく編集部。ここは人の手が入った人工林で、あちらこちらに間伐した後があります。
「ここらへんの杉やヒノキは、樹齢40〜50年くらいかな」
自分と同世代の木々たちになんだか親近感。
ヒグラシの大合唱と、小鳥の鳴き声が耳に心地よく、ハンモックでもぶら下げたらどんなに気持ち良いでしょう…!風情のある但馬の森に、仕事で来ていることを忘れてしまいそうでした。
「木もね、採るのにいい時期があるんですよ。9月のお彼岸を過ぎる頃になると水を吸わないようになるから、乾燥して締まりが良くなる。だから建築材なんかに使う木は、お彼岸を過ぎた11月の新月の頃に採るのが一番良いんです。」
「この年輪の白い幅のところが夏。線の付いているところが冬なんですよ」
「ヒノキの皮を使った檜皮葺(ひわだぶき)っていうのがあってね。伊勢神宮の屋根葺の手法にも使われていますよ。」
長年、木に向き合ってきた岡村さんだからこそ聞ける貴重なお話の数々に、私たちも「へー!」「そうなんですか!」「わー」と驚きっぱなし。
「ヒノキはね、栄養が少ない土地で育つ方が、年輪の目が詰まった強度の高い木になるんです」
葉っぱなどの養分が落ちてきたり、水分の多い山の下の方では、木が大きく育つそう。でも栄養が豊富で早く成長した木は、年輪が荒くなる。逆に山の上の方の木は成長が遅く、その分目の詰まったいい木になるとのこと。
試練がある方が太く育つというか、人と通じるような感じがしますね。
さあ、次はいよいよ精油の抽出現場へ!木材会社さんの新たな取り組み、楽しみです。
土地を潤す、ヒノキ精油への挑戦
重機の音が鳴り響く木材加工場の一角に、お待ちかねの香りの抽出機「水蒸気蒸留装置」がありました!
あれ?この機械、なんだか見覚えが…。
実はこの水蒸気蒸留装置、以前ゆずの精油の取材でお邪魔した、高知のエコロギー四万十さんのところのものと同じタイプ。その時の記事はこちら。
「今まで利用してこなかった木の成分が売れるようになって商売になったら、ヒノキの木を高く買うことができます。そうしたらヒノキの木の産地が儲かる。土地が潤う。木材業界の底上げになるとを考えたんです。」
そして香り(精油)の抽出に使う機械を探していたときに出会ったのが、高知のエコロギー四万十さんだったそう。
精油に使うのは、地元但馬(たじま)産のヒノキ。
樹齢50年前後の伐採適齢期の木を、丸太の状態からバーカーという機械にかけてある程度の皮を取り除き、残った皮を手作業で剝いてから、チップに加工。
そのチップを蒸留機にセットして、ボイラーで作った100℃の水蒸気をヒノキチップに下から当てて香りの成分が入った水蒸気を生成。それを急激に冷やすことで液体に戻し、精油となる部分を分離させて抽出していきます。
上の黄色がかった部分がヒノキ精油。
一回の抽出にヒノキチップ1m3、200kgを投入して、そこから精油として採れるのはわずか1〜2Lほどなのだとか。
水蒸気や冷却など、精油の抽出には多くの水が必要になりますが、こちらでは兵庫県最高峰の氷ノ山(ひょうのせん)から流れてきた地下水を使用。山に降った雨が樹木を伝って土に染み込み、長い時間をかけて自然の力でろ過された天然水です。
「養父市は雪も多くて、季節にはっきりと差があるので、木の年輪の密度にも影響がありますね。アロマをされている方には、他の地域のヒノキと比べて、まろやかで丸い香りがすると言われるんです。」
ヒノキは日本各地にあると思いますが、気候や土地によって香りも変わってくるんですね。
こちらはなんとマイナス20℃の冷凍庫!これまで抽出してきた精油がずらりと並んでいます。
「水は凍る。油は凍らない。その仕組みで、余分に入り込んだ水分を分離させて取り除くんです」
香料を採った後のヒノキチップも捨てることはせず、製紙パルプの燃料などに利用。自然の恵みを余すことなく、最大限活用しています。
「林業だけとか、昔ながらの仕事だけではなかなか難しいんです。こうやって新たな価値を見つけて適正な価格をつけ、利益を生み出すことでそれを山に還していったり。若い人にも興味を持ってもらいたいですね。」
オリジナルブランド「森水」
「森水(しんすい)」と名付けられた香りのアイテムは、道の駅や地元の施設、ホテルなどで展開。オンラインショップでの販売もしています。地元では精油のリピーターさんも増えているそう。
こちらは帰りに立ち寄った道の駅の「森水」。
清涼感のある爽やかなヒノキの精油は、森林浴をしているような穏やかな気持ちにしてくれます。「ひのきキューブ」と一緒に使えば、豊かなひとときが過ごせそう!
ヒノキの精油の他にも、但馬地方で育った「くろもじ」を使ったアロマウォーターや、スキンケア商品なども開発。
「森の恵みがないと完成しないこの香りの商品を、消費者様に手にとっていただくことで、木や森とつながっている。そんな風に感じてもらえたらと思っています。
そして木や森に興味を持っていただき、放置林に目を向け、多発する土砂崩れなどの自然災害を少しでも減らせればという想いがこめられています。」
地元で木材業を続けながら、新しい価値を見出そうと模索を続けている正垣木材さん。これからの取り組みにも注目していきたいですね。
岡村さん、植田さん、お忙しい中快く取材に応じてくださいまして、本当にありがとうございました!
正垣木材株式会社
兵庫県養父市大屋町大杉504
HP