【奄美大島】世界の大島紬・泥染体験
奄美大島の特産品「大島紬」。この大島紬の特徴である染色方法「泥染」を島の染色工房で体験してきた編集部。初めての染め物体験に、腰と手が大変なことに!体験レポート、スタートです。
赤茶色に染まった染め物工房
今回編集部がお邪魔したのは、大島紬の染色を行っているアキラ染色工芸さん。こちらの工房の肥後さんはこの道50年の大ベテラン!
職人さんというと気難しい人なのかな?と内心ドキドキしていたのですが、お会いしてみると日に焼けたお顔に優しそうな表情が印象的な、とても素敵なお人柄。
いらっしゃい!と、明るい笑顔で出迎えてくれました。
早速工房の中にお邪魔すると、一面赤茶色に染まった迫力ある作業場にびっくり!
中央には大人が4、5人入れそうなほどの大きな容器に、染め液のようなものがたっぷりと入っています。この液体が「泥染(どろぞめ)」の最初の工程に使う「車輪梅(シャリンバイ)」別名「テーチ木」から作られた染め液。
肥後さんは染め液を一から作り、絹糸や生地を染め、さらに田んぼの泥で染めるという伝統の泥染の工程を長年続けています。
染め物の仕事の他に、サトウキビ畑やバナナの栽培もされていて、わたしたちがお邪魔した3月中旬は農作物の収穫シーズン真っ只中。農作業で忙しく、通常染め物体験は受け付けていないそうですが、今回は特別にお時間をいただけることに。
貴重な体験、しっかりとレポートさせていただきます!
泥染(どろぞめ)ってなに?
奄美大島特産の「大島紬」は、イランのペルシャ絨毯、フランスのゴブラン織と並ぶ、世界三大織物の一つ。その深く美しい黒色の織物は「泥染」によって作られているのだそう。
泥染は、草木染めの一種で、一般的な草木染めは、染め液に浸けて、干してを繰り返しますが、泥染はこれにプラスして、文字通り「泥」に入れて染め上げていく手法のこと。
車輪梅という木から煮出した液で絹糸を染めて、泥田(どろた)でさらに染めていくと、車輪梅に含まれるタンニンと、泥田の鉄分とが反応して、深みのある黒色に染まっていくのだそう。
大島紬は1300年ほども歴史のある織物で、天然染めと手織りが特徴。私の身近にも着物好きがいて、「大島紬は憧れ」という話を聞いていたので、今回のこの泥染体験には興味津々!早速工房の中を案内していただきました。
赤茶色と香りが特徴的な車輪梅
この辺りで自生しているという車輪梅。肥後さんの染め物は、この車輪梅を山から切り出してくることから始まります。
車輪梅は都心でも高速道路などの路側帯に植えられていたり、春には白い花を楽しむこともできるので、庭木にも使われているのだそう。今まで意識したことがなかったけれど、けっこう身近にある樹木なんですね。
車輪梅は幹の部分を細かく割いて釜に入れ、煮出していくと赤みのある茶色い液体が出来上がります。3、4日寝かせると成分が安定して、染めに使える状態に。
木が採れる場所によって色味が変わってくるそうで、風当たりが強いところで育った車輪梅は赤みの強い染め液になるのだとか。
香りマニアの私たち。車輪梅の染め液に近づいて匂いを嗅いでみると、ツンとした酸味のある独特な香り。自然の木からこんな強い香りがするとは、驚きでした。
今回私が用意してきたのは、綿100%の白いTシャツ。絞り染めもできるとのことで、まずは生地を水で濡らし、柄を作りたい場所を吟味。ここだ!と思った場所をつまんで、輪ゴムで縛っていきます。
ぎこちない手つきに笑い出す肥後さん。和やかな雰囲気の中、次はいよいよ染めの工程へ入ります。
車輪梅の下染め工程
エプロンと長靴をお借りして、お待ちかねの染め物体験がスタート。
何百回、何千回使ったと思われる年季の入ったタライ。そこへ車輪梅の染め液を入れてTシャツを浸けていくと、あっという間に淡いピンク色に染まっていきます。
「もうこの状態のこのTシャツが欲しい」と後ろでつぶやくカメラ担当の相方。ほんとだね。もう格好いい。
一度浸して下準備ができたら、消石灰(校庭にラインを引くあの粉)を投入。石灰を入れることで、弱酸性の染め液をアルカリ性へと中和。色をよく乗せることができるのだそう。なんだか理科の実験みたいですね。石灰がなかった頃は、貝殻やサンゴを砕いて使っていたのだとか!
ジャブジャブと染め液に生地を浸していくと、車輪梅の酸味のある独特な香りが辺りに広がっていきます。
この車輪梅の染めの工程、①石灰を入れて染める、②液を入れ替えて1、2分染める、③②を3回繰り返す、を1クールとして、これを5回繰り返して、やっと田んぼの泥染めに行けるのだそう。思っていたより回数が多くてびっくりです。
「こうしてしっかり染めていくことで色が抜けにくくなるの。昔の人はよく考えたよね。」
と肥後さん。
今回は体験なので1クールを5回でしたが、大島紬の黒色を出すには6回繰り返すのだとか。かなりの作業量です。
2クール目、3クール目の石灰を入れるたびに、紫っぽくなったり茶色っぽくなったりと生地の色にも変化が。私の手もだんだんと赤茶色に染まっていきます。
洗濯をしているような簡単な作業に見えますが、この中腰の体勢が地味にキツくて、何度も体を外らせて小休憩してしまう私。
「田んぼに行ったらもっと大変よ」
と後ろで笑う肥後さん。普段デスクワークなので、なんて言い訳をしながら、人生の大先輩を前になんともお恥ずかしい。
アキラ染色さんでは主に大島紬の絹糸を染めるお仕事をされていますが、最近ではジャケットやパンツなどアパレルの依頼も増えているそう。
確かに、“大島紬にも使われている泥染の服” なんて、なんとおしゃれな響き。ジャブジャブTシャツを染め込みながら、肥後さんの染めた服が欲しい!後で検索しよう。なんて考えている私でした。
いよいよ泥染の田んぼへ
生地が深みのある赤茶色に染め上がったら、次はいよいよ泥染の工程へ。
工房から少し離れた通りから、さらに小道を分け入っていくと、まるで秘密基地のような空間が。ここの田んぼは元々肥後さんのお家がお米を作っていた時のもので、今は1m四方に区分けをして、染め物用として利用しているのだと言います。
股まである特別長い長靴に履き替えて、いざ田んぼの中へ!
長靴越しにも泥がギュッと足に吸い付いてくるのが分かり、なんとも新鮮な体験にワクワクが止まらない私。木製のタライを泥の中に沈め、そこへ車輪梅で染めたTシャツを入れて、染めていきます。
日差しがあったからか泥水も冷たくなく、サラサラとした感触で気持ちがいい。泥臭さといった特有の香りもありません。辺りには住処を荒らされたとばかりに、ヤモリたちが飛び出してきてはちょろちょろと動き回っています。
奄美大島は元々鉄分を多く含んでいる土壌で、車輪梅に含まれているタンニンという成分と、田んぼの泥に含まれている鉄分とが反応して、美しい黒色に変化します。赤茶色だった生地も、私の手も、あっという間に赤みが消えて黒色に。
タライの中の泥を入れ替えては新しい鉄分を含ませ、染め込むこと3回。これで泥染の工程も終了です。絞りの部分を見てみると、泥がついていないところは車輪梅の赤茶色が残っていて、その色の変化は一目瞭然。
「周りの木の葉っぱとか、田んぼに腐葉土が入ることで染まりも良くなってくるんだよ。
昔はソテツの葉を入れて、堆肥替わりにしたりね。ソテツって「蘇る鉄」って書くの。子供の頃は裸足で田んぼに入って、ソテツを入れてたね。」
鉄分を含む田んぼには、そんな工夫もあったんですね。
さて、泥染が無事終わったのはいいものの、右にも左にも全く身動きの取れない私。さらに先ほどの車輪梅の染めで、腰もなかなかの出来具合に。
「さ〜、今夜はぐっすり眠れるぞ〜」
と肥後さんに笑われながら、最後は田んぼから引き上げてもらいました。
染めの仕上がりとご対面
最後の仕上げは、近くの川で泥を洗い流す作業です。
絞りのゴムを外して水中で泥を落としていくと、全体はグレーがかった渋みのある焦茶色に、絞り部分は車輪梅の淡いピンク色、地の白色も残っていて、見事な出来栄えに大満足!
車輪梅も、田んぼの泥も、川の水も、全て自然のものを使ったまさに天然の染め物。昔の人の知恵はすごいですね。
今回の体験では①車輪梅、②泥田、③川で洗う、の1回分の工程でしたが、深いダークブラウンの色を出したい時はこの工程を3回ほど。大島紬の黒色を出すには4、5回繰り返すのだそう。①の車輪梅の染めだけでも、何度も液を入れ替えて染めていくので、本当に手間と時間のかかる染色方法です。
この特徴的な泥染を使った奄美大島特産の大島紬は、織りなど全ての作業を含めると、なんと500ほども工程があり、完成までに半年から1年以上かかると言います。憧れや高級品と言われる由縁も納得です。
肥後さんの美しい作品たち
工房に戻った私たちは、生地を乾かしている間に肥後さんの作品を見せていただくことに。
工房の中には藍染の釜もあり、普段の染めの仕事以外にも様々な草木染めの作品を作っている肥後さん。
藍色の濃淡が美しいランチョンマットに、染め残しを施したTシャツの中央には、肥後さん手描きの油絵が!昨年は都内で個展を開くなど、精力的に創作活動をされています。
恥ずかしがる肥後さんに無理を言ってその手を見させていただくと、染めの色が深く刻まれた、格好いい職人さんの手をされていました。
長年染め物に向き合い、今もなお楽しみながら活動を続けているその姿に、なんだか勇気づけられたような気持ちになりました。
泥染Tシャツのその後と、私の手
今回出来上がった泥染Tシャツは、奄美取材に行かなかったお留守番スタッフへのお土産に。とても喜んでくれて、たくさんポーズを取ってくれました(笑)厳選して2枚だけお披露目。
そして、肥後さんの手を撮らせてもらった時に私もご一緒させてもらったのですが、実はこの真っ黒の手、本当に洗っても洗っても全く落ちない!炭でも触ったかのような黒色が残ってしまいました。
一週間は残るかね〜なんて言われた時は、あまり気に留めていなかったのですが、さすがにこの手で通勤電車に乗るのは気が引ける。カメラマンの相方も私の手を見るたびに笑い出すし、どうしたものかなと思っていると、帰りの奄美空港のお土産屋のおばちゃんが、私の黒い手を見た瞬間、
「泥染してきたのー?お酢で洗うといいわよー」
と嬉しいアドバイス!やはり島の人ならではの知恵ですね。自宅に戻ってお酢でゴシゴシ洗ってみると、本当にすっきりと落とすことができました。ホッ。
日本が誇る「大島紬」。その一端が垣間見れた今回の染め物体験でしたが、ものづくりの裏側には様々なストーリーがあるということを、改めて感じさせてくれた旅となりました。肥後さんのこれからの作品もとても楽しみです♪
さあ、次回の『香り旅』ではどんな出会いが待っているでしょうか。お楽しみに!
アキラ染色工芸
鹿児島県奄美市笠利町辺留278-1
0997-63-9140