【前編】東京八王子蒸溜所・香りを見極めるジン作り
クラフトビールに続き、ここ数年注目を集めている「クラフトジン」。中でも、東京・八王子市で作られている「トーキョーハチオウジン」は、発売した年に東京ウイスキー&スピリッツコンペティションの洋酒部門で賞をとるなど、お酒好きの間でも話題に上がる逸品です。
前編では、そのジンを手がける蒸溜所の製造現場をご紹介。後編では代表の中澤さんへインタビュー。ジン作りを始めたきっかけや、ものづくりへの思いをお聞きしました。
1.東京八王子蒸溜所のクラフトジン
高尾山にもほど近い、東京都八王子市の静かな住宅街にあるこちらの建物が、今回お邪魔した「東京八王子蒸溜所」。
代表で蒸溜家の中澤眞太郎さんは、70年続く樹脂製品メーカー 大信工業株式会社の3代目でもあり、ジン製造は同社の新事業として2021年にスタートしました。
「トーキョーハチオウジン」と名付けられたジンには、スタンダードなジンの味わいを楽しめる「CLASSIC クラシック」と、ジン初心者にも飲みやすい「ELDER FLOWER エルダーフラワー」の2種があり、スパイスの風味が特徴的な「トーキョースパイスジン」も新たに発売。その他にも季節限定のジンを発売するなど、現在躍進中の蒸溜所です。
2.厳選されたボタニカルで香り付け
1階の作業場にはジンの製造に使う蒸溜器や、アルコールを貯蔵するための巨大なタンクがずらり。中澤さんと、プランニングを担当されているスタッフの東さんに中を案内していただきながら、ジン製造の工程を見学させていただきました。
ジンの製造は、原料となるアルコールに水を加え、「ボタニカル」と呼ばれる香草・薬草で香り付け(浸漬)をするところから始まります。
蒸溜器の中には、前日から仕込んでいるというボタニカルがたくさん漬け込まれていて、蓋を開けると、独特なハーブの香りがわっと飛び出してきました。
「丸い粒々はコリアンダーシードで、砕けているのがジュニパーベリー。他にもアンジェリカルートとか、十種類以上のボタニカルを配合しています。」
「香りの成分は、水に溶けるものとアルコールに溶けるものと、それぞれ成分が違うんです。水に溶ける香りは雑味が多い。この後の蒸溜の工程では、アルコールとその中に含まれている水との沸点の差を利用して、アルコール度数の高いものを抽出していくんですけど、そうするとアルコールに溶けた良い香り成分だけが採れるんです。蒸溜で香りを選別していく感じですね。」
左がアルコール原料とボタニカルが入った蒸溜器。その下部に高温の蒸気を当ててアルコールを気化させ、中央のタワーに送ります。
「これは連続式蒸溜器と言って、4段のセイロのような仕切りがついています。ここを一段一段通っていくことで、微量に残った水分を削ぎ落として、より純度の高いアルコールを抽出していくんです。」
この装置はアルコール度数や香りの強さも調節することができるという優れもの。ウォッカなどの度数の高い蒸留酒は、この仕切りが100段もあるのだとか!
気化したアルコール成分は右の冷却層へ送られ、急激に冷やすことで再び液体へと戻していきます。これがジンの蒸溜の一連の流れ。ジンの他、焼酎やウイスキー、ウォッカ、テキーラなどもこの手法で製造されています。
この日の蒸溜は朝9時から始まって、終わるのは夜の18時頃になるとのこと。一度蒸溜を始めると、一日がかりの作業になるんですね。
3.人の嗅覚と機械による合わせ技
蒸溜したアルコールの全てがジンとして使えるわけではなく、美味しいところと、そうではないところがあるのだそう。
「ヘッドと呼ばれる蒸溜の最初の方は、薬品のようなツンとした香りがするので、その部分は使いません。ジンとして使えるのは、次のタイミングで出てくるハートと呼ばれる部分。最後のテールの方になると、水の成分も含まれて雑味が出るので、そこに行く前にカットします。」
カットするタイミングは味に大きく影響するため、とても重要な作業。繊細な香りの嗅ぎ分けとタイミングの見極めが必要で、さらに作りたいジンのレシピ(ボタニカルの組み合わせ)によってもタイミングが異なるそう。
「この香りの違いも、蒸溜してみないと分からないのでおもしろいですよ!」
と中澤さん。
タイミングごとに何度も香りを確かめながら、経験値を増やしていったと言います。
ここで活躍するのが、この蒸溜器の特徴である「フルオートメーションシステム」。ドイツ製のこの蒸溜器にはいくつもセンサーがついていて、一番うまくいった蒸溜をオートマティックに再現してくれるという画期的な性能を装備。中澤さん自らオーダーした独自仕様で、国内での導入は初めてだそう。
「毎回人が香りをチェックしていると、その日の体調によって感じ方が変わったり、人によっても違いが出ますからね。カットするところを機械化することによって、より安定したジンを作ることができるんです。」
なるほど。人の経験と機械の合わせ技ですね。これも東京八王子蒸溜所の大きな強みになっているようです。
出来上がったアルコールは加水をして、飲める度数まで調整。さらに貯蔵タンクで2週間ほど寝かせてしっかりと香りを馴染ませたら、美味しいジンの出来上がりです。
こちらの蒸溜所では、蒸溜からボトリング、出荷までを一貫して自社で完結しています。
4.「4回楽しめる」ジンの香りと味わい
東京八王子蒸溜所では、一般の方向けに「蒸溜所ツアー」も開催。蒸溜の工程を見学した後に、2階のテイスティングラボでボタニカル素材の嗅ぎ比べや、ジンの試飲ができるプログラムを実施しています。
「蒸溜所ツアーは主に週末に開催しています。参加者はお酒の好きな若い人や、ハーブに興味のある人とか、いろいろですね。」
わたしたちも飲み比べをさせていただきました。
まずはスタンダードな CLASSIC(クラシック)。こちらは12種のボタニカルを使っていて、どれも正統派のジンの素材を配合しています。
グラスに顔を近づけてみると、どっしりとした重みのある香り。ハーブ感はするものの、あまり薬っぽい感じはありません。
一口飲んでみると、
「ほー!」
なんとも間の抜けた声が出てしまいましたが、アルコール度数は45度。口の奥から鼻、頭まで、いっぱいに香りが広がります。
「ジンは4回楽しめるんです。初めは香りだけで楽しむ。次に舌に触れた時の口当たりの味。口の中にある時の味わい。最後はジンを飲んだ後に感じるアロマです。」
と、中澤さん。
確かに、喉を過ぎた後も、香りの余韻がすごい。目を閉じて、ゆっくりと香りを味わいたくなるようなアロマを感じます。
次は、ELDER FLOWER(エルダーフラワー)をテイスティング。こちらはフルーティーで爽やかな香り立ち。 CLASSIC とは趣の違う香りです。
味の方も、香りと同様の華やかさと軽さがあり、すっと体に広がっていく感じ。度数は CLASSIC より少し控えめな40度。
「 CLASSIC は、しっかりどっしりとしたスタンダードなジンを目指したもので、 ELDER FLOWER はもう少しライトな、ジンに馴染みがない人にも飲んでもらいたいという思いで作りました。」
この2種を同時に発売することで、どちらの層にも飲んでもらえるようにしたという中澤さん。2種とも十種類以上のボタニカルを使用し、日本の柑橘も取り入れているそう。甘夏とレモンは国産を使い、とくに甘夏はトーキョーハチオウジンの香りを特徴付ける素材となっています。
ジンをストレートで飲んだことがなかったので、おっかなびっくりの試飲体験でしたが、ジン本来の姿を直に感じ、香りの豊かさと奥深い味わいに感動!
ジンに苦手意識を持っている人にもぜひ飲んでみてほしい、特別なジンでした。
5.「スタンダードなジン」を作る理由
小規模生産で独自性のあるジンが次々に出てくるようになった、日本のクラフトジン市場。
トーキョーハチオウジンの「 CLASSIC 」は、スタンダードなジンを目指して作られたとお聞きしましたが、クラフトビールのように土地のものを使ったり、ボタニカルの配合でよりオリジナリティーのあるものを作って差別化することもできたと思います。
こちらの蒸溜所では、なぜあえて「スタンダードなジン」を作ろうと思ったのでしょうか。
「東京という “都会で作ること” を強みにしようと思ったのがきっかけです。ジンの種類には3段階あって、一番基準の高い『ロンドンドライジン』と呼ばれるジンは、伝統的な蒸溜器を使う、天然のボタニカルを使うなどの決まりがあります。その名の通りロンドンの街中で作られているジンで、研修に行ったシカゴの蒸溜所も都市部にあるのですが、 “大都市で作られている” というのも、ジンを構成する要素の一つなんです。東京という都市を代表するようなジンを作るのを考えた時に、あえてド・スタンダードなジンであることが良いと考えたのが一つですね。」
「もう一つは、長く愛されるようなジンを作りたかったから。ジンはカクテルとして多く使われるお酒なので、カクテルベースのジンとして使えるようなクオリティにしたかったんです。そのためには、あまり特徴が強いものにしてしまうと、カクテルのジンとしては使いにくくなってしまうので。」
「このジンおいしいね」と言われるよりも「このジンがあるからこのカクテルができるんだね」と言われる方がうれしいと話す中澤さん。
主役になるよりも、土台となり、支えることに価値を見出した背景には、中澤さんの音楽家としての経験と、そこで養った感性が大きく影響していました。