香りと旅して

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【福岡】香りを使った生活の知恵・150年続く日本最古の樟脳工場

自然由来の防虫剤として、最近その価値が見直されている「樟脳(しょうのう)」。九州・福岡県には江戸創業150年の歴史をもつ樟脳工場があります。樟脳の香りに包まれた作業場には、年季の入った道具の数々。長年守り続けてきた独自の製法は、職人の手仕事とこだわりがつまっていました。

人気再燃・樟脳(しょうのう)とは

「しょうのう」をご存知でしょうか。
しょうのうとは、樟(くすのき)の木から採れる天然の防虫剤のこと。漢字で書くと「樟脳」。
“脳” だなんて、ちょっと変わっていますよね。

樟脳は防虫効果に優れていて、昔の人はタンスに入れて虫から衣類を守っていました。
揮発性が高く、時間が経つと気化して無くなるのが特徴。
香りはハッカや薬草を思わせるような、独特の清涼感があります。カンフルとも呼ばれ、外用薬や香料などに使われています。

安価な防虫剤が登場してからは、時代とともに樟脳を見ることは少なくなりましたが、最近では「自然由来のものを使いたい」と人気が再燃。若いアパレル関係の人からも支持されています。

 

江戸時代から続く樟脳工場

今回お邪魔したのは福岡県みやま市。ここに日本最古の樟脳工場「内野樟脳」があります。
創業はなんと江戸時代。古くに日本に伝えられたとされる土佐式製造法を改良し、独自の製法で150年もの間樟脳を作り続けてきました。

一時は樟脳工場が日本に内野樟脳一軒だけという時代も長くあったそうですが、いまでは佐賀県や宮崎県にも樟脳の製造工場ができ、九州地方の “樟脳作り” が広まりを見せています。

内野樟脳の開放的な作業場には、樟脳の原料となる立派な樟(くすのき)が山積みに。

こちらで扱う樟はすべて九州産。仕入れてきたものや、区画整理で出た廃材の持ち込みなど、九州各地から樟が届きます。

「樟脳作りは無駄になることがないんですよね。樟脳の原料になるし、使い終わったら燃料になるし。燃え残った灰まで使えるんですよ。」

そう教えてくれたのは内野樟脳の内野和代さん。
和代さんは、四代目のご主人・内野清一さんと一緒に30年もの間、内野樟脳の製法を守ってきました。
清一さんが亡くなられたあと、和代さんが五代目樟脳師として内野樟脳を継承。病気のため2022年に引退されましたが、この日は私たちのために少しだけ出てきてくださいました。

作業場では、カタカタカタカタという音とともに、職人さんが大きな円盤を回しています。なにやらそこに木材を押し付けている…?

円盤の裏から削られた木片が勢いよく飛び散る

見たこともない機械に編集部も興味津々。

「この円盤には12個の刃が付いていて、それに木を当てて削っているんです。ぱりっと折れるような形状でカットできるのがこの円盤の特徴でね。蒸した時に樟脳の成分が出やすくなるんですよ。」

刃の手入れをしながら100年近く使っているという円盤型切削(せっさく)機
大量のチップが樟脳作りの原料に

四代目の清一さんとご学友だった縁で、建設業を営んでいた今村産業株式会社の今村さんが内野樟脳の販売面をサポート。いまでは息子の今村貢さんが製造の方も全面的に受け継いでいるそう。現在は今村さんと、職人の吉岡さんのお二人で内野樟脳を切り盛りしています。

モーターとベルトで回る切削機。年代物の道具にドキドキ。

作業場のなかは、スーッとした樟特有の香りでいっぱい。

「冬はこれくらいだけど、夏はすごいですよ。目が開けられないくらい!目に染みるんです。」

なんだか想像できないけれど、確かに樟の香りはかなり強い。
夏場の作業場、ちょっと体験してみたい気もします。

 

削る、蒸す、冷やす、固める。「樟脳」が出来るまで。

江戸時代から続く樟脳作りには、十数もの工程があります。

・木を削ってチップを作る
・チップを蒸して成分を抽出する
・蒸気を冷やして樟脳の結晶を取り出す
・結晶を圧縮して固める

大まかに説明するとこんな感じなのですが、実際に見てみると一つ一つの工程は大変手間と時間のかかるものでした。

まずは原料となるチップ(木片)作り。こちらは冒頭にあった円盤切削機での作業です。

職人の吉岡さんは内野樟脳に来てまだ数年だそうですが、元々林業をしていたということで、木を扱うのはお手の物。慣れた手つきで次から次へと樟を削っていきます。

扱っている丸太も生木の状態なので、切削機の台に乗せるだけでもかなりの重労働。削る際の振動も手に響くようで、毎日ともなれば大変な作業です。

節があったり、硬いものがあったり、木によって個性もさまざま。一つ一つの木の様子を見ながら、刃に当てる加減を調節していきます。

ベルトコンベアーを使って釜の上部へ

1立米(1m3)ほどのチップを削り出したら、大きな釜へと流し入れていきます。

甑(こしき)と呼ばれる釜が、チップを蒸すための蒸留機。
釜の中に入り、杵でトントンと突きながらチップの密度を高めていきます。こうすることで下から吹き出す蒸気にチップがまんべんなく当たり、樟脳の成分がよく抽出できるのだそう。

コシキの蓋をしっかりと閉めたら、原料の準備は完了。
奥の円柱の釜がコシキ。手前にある竈(かま)で火を焚いていく。

次は蒸し上げる「蒸留」の工程。
コシキの下には水が張ってあり、その水を竈(かま)の熱で沸かして、セイロ蒸しのような形でチップを蒸していきます。

火入れを始めて、実際に蒸されるまでおよそ3時間。冬場は火力が上がるのに時間がかかるため、この日は朝の7時から作業を開始。
硬くてチップにできなかった木材や、前日の蒸留に使ったチップを燃料として活用。火力を最大限まで引き上げていきます。

上が前日に蒸留したチップ。ベルトコンベアーで2Fに運んで乾燥させ、翌日以降火を炊く際の燃料に。竈の上部からスコップで入れ込んでいきます。

コシキの扉の隙間から蒸気が出てきたら、蒸されてきたサイン。そこから4時間ほどかけてチップを十分に蒸し、樟脳の成分を抽出していきます。

燃え残った樟の灰は、鹿児島の郷土菓子「あくまき」の製造に利用されるのだとか。最後の最後まで無駄がありません。

外気が冷たい冬場の方が結晶がよく採れる。

蒸気は上のパイプを伝って奥の水槽へと送られます。この水槽を井戸水を使って3日間冷やし続けると、蒸気は固形の結晶「樟脳」と、液体のオイルに分離。
この日は樟脳を取り出したばかりということで、水槽の中は空っぽでしたが、わずかに結晶が残っていました。

ついに「樟脳」とご対面!

これまで精油(エッセンシャルオイル)の製造方法は何度か見てきたけれど、「結晶」という固形物を見るのは編集部も初めて。この現象は楠ならではの特徴なのだそう。

柔らかな感触で、作業場で感じる清涼感のある香りとはまた少し違い、タイガーバームのような(知っているでしょうか…)、ハッカをもっと薬っぽくしたような香り。
確かに、これは虫が寄って来なさそうです。

木の質や季節によっても出来高が左右される。

樟を削り、コシキへ入れて、火を焚き、蒸し上げる。
この工程を5日ほど繰り返し、水槽に樟脳を作り溜めていきます。

作業の都合上、残念ながら今回はこの先の工程を見ることは出来ませんでしたが、一連の流れを教えていただきました。

水槽に樟脳の結晶が溜まったら、戦前から使い続けているというこちらの「玉締め式圧搾機」の出番。
麻綱で編まれた分厚い布で樟脳を包み、圧搾機に投入。重しを乗せ、一晩かけて樟脳をぎゅっと圧搾。油分と水分を搾り出していきます。

こうしてやっと「樟脳」の完成です。
5tの樟からできる樟脳は、およそ30〜40kgほどと大変希少。

ものが出来上がっていく工程や、人の仕事を知ると、「大切に使おう」「高くてもその価値があるものを使いたい」という気持ちになりますね。

内野樟脳の「天然樟脳」は、4gほどの大きさに小分けされ、福岡県八女市の手すき和紙で一つ一つ丁寧に包まれて販売されています。

樟脳は包み紙に入れたまま、タンスなどに入れて使用。空気にさらせば香りがすっと消えるので、匂い残りも気になりません。
効果期間はおよそ2~3ヶ月。 タンスや本棚の他、防臭効果もあるので靴箱やトイレなどにもおすすめです。

琥珀色の樟脳オイル

樟脳を作る際に出る「樟脳オイル」もアロマとして注目されています。
樟脳の香りにはリフレッシュ効果があるので、アロマポットに数滴垂らして香りを楽しんだり、水に混ぜて網戸や窓枠などに吹きかける「虫よけスプレー」としても活用できます。

 

「続けること」の難しさ

「以前は木を削る作業を担当していて、火を焚くのは内野さんだったんですけど、内野さんが引退してからはそっちも自分がやるようになりました。」

5代目の和代さんが病気のため引退したとき、引き継ぐ間もなく製造の主な仕事を任された吉岡さん。しかし、内野さんの仕事を間近で見てきたため、なんとか仕事を止めることなくやれてこれたと言います。
難しいことはあるかとお聞きすると、

「古い機械は直せる人も少ないし、やっぱり “続ける” っていうことが大変ですね。」

“昔ながらの製法を守る”。
言葉にするとなんてことのないようにも思えますが、手間や時間がかかったり、担い手の確保、価格の見直しなど、続けることの難しさはやっている人にしかわからない苦悩があるはず。

大量生産ができないため、現在は生産が追いついていない状況だそうですが、それでも効率を優先せず、受け継がれてきた製法を守り続けている内野樟脳さんのこだわりが、消費者の「安心して使える商品」につながっているように感じます。

「樟脳」は、日本に伝わる “香り” を使った生活の知恵。
自然由来のものが見直されたり、手仕事の良さが認められる中、それがブームではなく、仕事や文化としてずっと続いていってほしいと思います。

内野さん、今村さん、吉岡さん、この度は取材をお受けいただきまして本当にありがとうございました。

内野樟脳
福岡県みやま市瀬高町長田1863-1
HP

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