香りと旅して

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【後編】東京八王子蒸溜所・点と点がつないだものづくり

いま話題のクラフトジン「トーキョーハチオウジン」を生み出す、東京八王子蒸溜所。
後編ではジン作りを始めたきっかけや、ものづくりへの思いをインタビュー。そこには中澤さんの多彩なバックグラウンドと、家業で培ったマーケティング戦略、ジン作りへの熱い思いがありました。中澤さんイチオシの、意外な「ジンの飲み方」も必見です。

1.はじまりは「一杯のジン」

前編はこちらから

祖父の始めた樹脂製造という仕事につく前は、音楽の道を目指したり、飲食店を経験したりと、さまざまな道を歩んでいた中澤さん。自分のやりたいことに真っ直ぐに向き合い、挫折も経験。自分の道を模索し続けますが、周囲からの説得もあり、家業を継ぐことを決意します。

会社に入ってからは、営業やマーケティングなどの仕事に邁進。そんな中、北海道の出張先のバーで出会った「一杯のジン」が、東京八王子蒸溜所を始めるきっかけとなりました。

ディスティレリ・ド・パリのベルエール

「ディスティレリ・ド・パリのベルエールというジンなんですけど、香りが豊かで、衝撃を受けましたね。」

このジンはパリの蒸溜所で作られていて、『飲む香水』と言われるほど香り高く、スパイシーさとエレガントさが楽しめる逸品。

この一杯のジンとの出会いをきっかけに、ジンの世界に魅了された中澤さん。さまざまなジンを飲み比べるようになり、次第にジン作りを会社の新しい事業として始められないかと考えます。
そして、シカゴの蒸留所 KOVAL 社へ研修に行き、ジン作りのノウハウを習得。事業として参入できそうと判断し、会社に提案をします。

樹脂製造とジン作り。一見かけ離れているようにも思えますが、会社や周囲からの反対はなかったのでしょうか。

ジンの香り付けに使用されるボタニカル

「家業の樹脂製造もものづくりの仕事なので、似ているんですよ。主原料を購入して、副材料を添加して、機械を使って商品を作っていく。ジン作りも、アルコール原料にボタニカルで香り付けをして、製品に仕上げていく。そのプロセスは樹脂製造の仕事と同じなんです。 “新しいものづくりの品目が増える” といった感覚でしょうか。全く畑違いのものを始めるのではなくて、同じ畑で違う作物を作るような感じです。面白そうだしやってみたらって、会社からも積極的に応援されましたよ。笑」

海外では蒸溜器に名前をつけることも。
こちらのタンクには音楽家にちなんだ名前が。

その後、会社の敷地に蒸留所を建設。当時はコロナ禍ということもあり、ドイツから輸入した蒸溜器の設置や稼働なども難航し、スケジュール通りには進まなかったそう。しかし、メディアなどにも多く取り上げられ、大きな反響を呼びます。
そこには、家業で培ったマーケティング戦略と、考え抜かれたブランディングがありました。

2.「プレゼンテーションの場」と「わかりやすさ」を意識

「ただジンを作るだけだったら、液体だけの価値。事業を始めるには、それに付随する価値をいろいろ作ることが必要だと考えました。蒸溜の施設も大事なプレゼンテーションの場。外からも蒸溜器が見えるようにしたり、内装にもこだわりましたね。これをしっかりやることで、ブランドや商品、ものづくりに対する信頼度が高められると考えたんです。」

2階のテイスティングラボ。下の蒸溜所が見渡せる設計になっている

確かに、東京八王子蒸溜所は、とにかくおしゃれ。建物の外観から施設内の蒸溜器、バーカウンターにインテリアにいたるまで、全てがスタイリッシュで、一つ一つにストーリーを感じます。

「蒸溜の見学会の開催もプレゼンテーションの一つです。ジンがどういうものかを知らない人も多いので、実際に足を運んでもらって、手に取ってもらうことでより深く知ることができるし、うちの考え方やジン作りを知ってもらうことで、価値を発見してもらえることにもつながると考えています。」

現在も音楽活動を続けていて、なんとオーケストラの運営もしているという中澤さん。週末にはトロンボーンの演奏家としてコンサートにも出演。その活動は中澤さんのライフスタイルに欠かせない要素となっていて、ブランドのロゴや内装のモチーフにも現れていました。

「商品の名前はトーキョーハチオウジンというシンプルな呼び名にして、表記はカタカナにすることで、 “わかりやすさ・受け入れやすさ” を意識しました。ラベルには八王子の「八」角形をデザインしたり、私がオーケストラで担当しているトロンボーンの原型をモチーフにしています。ジンは元々薬用酒として飲まれていたので、ボトルは薬瓶をイメージしました。」

シンプルな名前でブランドを認識してもらった後に、細部のデザインで “人に話したくなる” ような仕掛けをする。そこには家業のものづくりで培った考えが役に立ったそう。

「本業では営業だったので、自社商品の売り方とか、マーケティングの経験がありました。わかりやすく変換をして、その価値を消費者に届ける。そういったところを考えて、ブランディングをしていきました。」

3.「点と点がつながりだした」中澤さんのジン作り

本業の樹脂製品の仕事に、ジンの製造・販売。さらに週末には音楽活動と、3つの顔を持つ中澤さん。
一体どのようにバランスを取っているのでしょうか。

「若い時は全部がバラバラな感じがあったんですけど、それぞれがだんだんとリンクしてきた感じがしています。クラシック音楽では、とにかく基礎が大事。ジン作りも同じです。基本となる「ロンドンドライジン」をしっかり作れるようになって、その上でようやく発展をさせていくことができます。音楽で身についた “基礎を大事にする” という経験が、ジン作りにも活かせていると思います。」

華々しい賞状たち

「私が担当しているトロンボーンという楽器は、メロディーは担当しません。土台となる “ハーモニー作り” という役割がメインなんです。そこは、カクテル作りにおける、ベースのジンにも通じる部分なのかなと思います。自分はベースとなるハーモニーを用意して、バーテンダーさんにそれぞれのメロディーを加えてもらって、一杯のカクテルを作り上げる。そんなイメージを想像しながらやっています。」

また、学生時代に留学していたこともあり、語学も研修時代に役に立ったそう。現在も海外からの引き合いがきたときには、自ら交渉することができていると言います。

「いままで点だったものが、ジンを始めることでそれぞれがつながりだした感じがしますね。ムダと思えることも、若い頃にはたくさんやっておくといいものだなって思います。笑」

4.形のないものに価値を見出す

自分のやりたいこと、興味のあることに真っ直ぐ向き合ってきたからこそ、その独自の感性でジン作りを成功させてきた中澤さん。中でも音楽家としての経験から、音と香りは扱っているものが似ていると気づき、「形のないものに価値を見出した」と言います。

「音楽や香り、味って、形がないもの、消えてしまうものですよね。でもそこに価値を感じて、人は対価を払う。ものとしては残らないけれど、強烈に記憶に残ったりする。音楽もジンも、 “無形の価値” を提供している。そこに魅力を感じますね。香りを嗅いだ時に、その時の記憶がまざまざと思い出されることもあるし、人の感性に触れたり、その人の人生にも影響したり。そういう経験を、自分も作れたらいいなと思っています。」

5.中澤さんイチオシ・意外な「ジンの飲み方」とは

最後に、中澤さんにおすすめのジンの飲み方を伺いました。

「これからの秋冬の季節は、“お湯割り” がおすすめです!キンカンや柚子の皮を香り付けに添えるのもいいですよ。」

お湯割りにすると湯気が立つので、ジンのハーブの香りがより感じられるのだとか。
目安の割合は、ジン 1 に対してお湯が 3。

ジンといえばジントニックやモスコミュールなどのカクテルが一般的かと思っていたので、意外な飲み方に驚きましたが、これはぜひやってみたい!寒い季節にも温まりそうですね。

「食事に合わせたいなら、ソーダ割りですね。海外ではメジャーな飲み方ではないけれど、日本的な “食事に合う飲み方” としてはおすすめです。トーキョースパイスジンは食中酒を意識して作ったお酒なので、ソーダ割りにも合いますよ。」

トーキョーハチオウジンは、主に東京都内のバーや飲食店などで飲むことができ、オンラインショップからも購入が可能です。
2024年の夏には季節限定のボトル「オリエンタル」を発売し、大人気&完売に。現在、冬限定のジンを企画中とのこと。発売がいまから楽しみです。

中澤さん、貴重なお話をありがとうございました!

東京八王子蒸溜所
東京都八王子市椚田町1213-5
HP
※蒸溜所ツアーは、2024年9月より施設の一部工事のため休止中です。詳しくはHPをご覧ください。

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