香りと旅して

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【兵庫】「面白いです!」植物ファン注目の伝市鉢、三代目の挑戦

山野草の愛好家や、アガベ、コーデックス(塊根植物)ファンの間で話題になっている「伝市鉢」。
丹波焼の伝統を守りつつ、植物一つ一つの特性に合わせて作られた植木鉢は、通気性や水はけに優れ、植物がよく育つと多くの植物愛好家から信頼を集めています。
香り旅編集部は普段なかなか見ることのできない穴窯の火入れや、工房でのものづくりに密着。市野伝市窯の三代目、市野弘通さんにお話を伺いました。

1.注目を集める「伝市鉢」とは

今回の香り旅の舞台は、兵庫県丹波篠山市今田町にある立杭(たちくい)地区。
ここは850年という歴史を持つ丹波焼(丹波立杭焼とも呼ばれる)の町で、日本を代表する焼き物の産地「日本六古窯(にほんろっこよう)」のひとつとして日本遺産にも認定されています。

現在ではおよそ50軒の窯元が軒を連ねていて、そのなかに今回お邪魔する植木鉢を専門とした窯元「市野伝市窯(いちのでんいちがま)」の工房があります。

市野伝市窯では皿や湯呑みなどの日用品を制作していましたが、今から60年ほど前、山野草の愛好家から「山野草専用の鉢を作ってほしい」と依頼を受けたことから植木鉢づくりを開始。初代の市野伝市さんは愛好家の方々と試行錯誤を重ね、植物一つ一つの特性に合わせた独自の鉢を生み出しました。

水はけに優れた角度と大きく開いた底穴、植物の根が呼吸できるように設けられた高台、熱を適度に遮断する厚み、通気性に富んだ土の配合……これらはすべて伝市氏による鉢の特徴。

NHKの連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルとなった、植物分類学の父・牧野富太郎博士も同窯の鉢を愛用していました。

植物の生育をとことん考えて作られた鉢は、植物愛好家から「伝市鉢」と呼ばれるようになり、最近では人気アパレルブランドとのコラボも実現。現在は植木鉢を専門に作品を制作し、多くの人の注目を集めています。

2.貴重な穴窯の火入れに密着

工房では、ろくろや型などを使って鉢を成形。ガスや電気の窯で焼くほか、登り窯や穴窯(あながま)といった古来から伝わる窯も使って、本焼きの工程を行っています。

この日は穴窯の火入れをしているとのことで、さっそく作業場へお邪魔しました。

広い作業場には左右に2つの窯があり、キャンプ場の焚き火とはまた違った独特な木の燃える匂いと、バチバチと木のはぜる音がしています。

穴窯に薪を焚べているのは、市野伝市窯の三代目・市野弘通さん。
先代は90歳で現役を引退し、現在は二代目の父・達也さんと、息子の弘通さんのお二人で工房を切り盛りしています。

三代目の市野弘通さん

現在30歳という弘通さんは、都会的な出で立ちが印象的。作業場には音楽も流れていて、イメージしていた、いわゆる「職人さんの作業場」とは趣が違う、今どきな雰囲気。

今回見させていただく穴窯は、弘通さんの手がけた作品などを焼くために使っていて、「伝市鉢」の商品は登り窯やガス窯を使って父・達也さんと二人で焼いているそう。
この日はお父さんはお休みで、弘通さんと陶芸家の友人とで作品を焼いていました。

「登り窯は扱いが難しいんです。だからいまは合間を見て、穴窯の方で焼きの勉強をしています。」

伝市鉢を焼く登り窯
火入れ3日目という穴窯

穴窯は、一般的に知られている登り窯よりも歴史が古く、いまではこの焼き方をしている窯元は少ないそう。風格のある見た目と、窯の熱気に編集部もドキドキです。

取材に訪れたこの日は、穴窯に火をつけ始めて3日目。1000℃ほどまで火力が上がってきたところで、この後翌朝まで火を焚き続け、1300℃くらいにまで温度を上げていきます。

市野弘通さん(左)と友人の陶芸家・栄井希里さん(右)

「もうちょっと杉を足そうか」
「杉5、松2やな」

声を掛け合いながら作業をしているのは、弘通さんの陶芸学校時代の友人・栄井希里さん。栄井さんは京都で陶芸家として活動をしていて、弘通さんと一緒にこの窯で作品を焼いています。

熱い空気は低いところから高いところへと移動する性質を利用して、斜面に作られた穴窯。薪を使って火を焚き、高温になった空気の流れで、その先にある焼き物を焼いていきます。

「薪の焚べ方ひとつで灰のつき方も変わるんです。色合いも、松の木は緑っぽくなったり、杉やヒノキは茶色っぽくなったり、木の種類によって変わるんですよ。」

丹波焼は、燃えた木の灰が焼成中に器に降りかかることで生まれる「自然釉」が特徴。
一点一点模様が異なり、 “唯一無二” と称されることもありますが、どんな色合いにしたいかは緻密に計算されているんですね。

作品に灰が付く度合いを考えながら、空気を引き(流れ)を調整
窯の様子を撮影する奥様の西岡英里奈さん(右上)

熱心に写真を撮っているのは、奥様の西岡英里奈さん。英里奈さんも個性的な一点ものの作品をつくる陶芸作家として活動をしながら、伝市鉢の火入れの際には食事の差し入れをしたり、SNS用の撮影をするなど弘通さんのサポートをしています。同じ志を持つもの同士の共同作業、素敵ですね。

火力が上がり、白っぽく見える作品

弘通さんと栄井さんのお二人は自由度も高く、これまで何度も一緒に焼きの作業をしてたそうで、

「窯元さんによっては窯焚きもピリピリしたりするけど、僕たちは楽しいですよ。」

と、本当にとても楽しそう。
しかし、いまの窯の状態(温度)では10〜20分おきに薪焚べがあり、その時間までに何の木をどのくらい入れたら良いかを二人で決めておかなければなりません。

「いや違う!とか、わかってない!とかバチバチ言い合うこともあります。笑」

薪を焚べすぎても、内部の空気量が減って温度が下がってしまったり、同じ量を入れるのでも、太い薪1本と細い薪3本とでは温度の上がり方が変わるなど、火の温度管理は繊細そのもの。

「火の温度は、色とか音とか、燃える速度なんかを見ながら感覚で測っています。人によって色彩感覚も感じる音も違うので、やっぱり自分で経験を重ねて習得していかないといけないところですね。」

種類ごとに置かれた大量の薪の山

薪の選定、入れるタイミングと量、中の空気の調整……。3日以上かかる火入れは、文字通りつきっきり。交代で小休憩をとっているとはいえ、3日目ともなると相当疲れも溜まっていそうですが……

「ガスや電気の窯も使いますけど、薪で焼くのも面白いんですよ!」

と明るく話す弘通さん。
体力や気力以外にも、面白がったり、楽しんでやろうという気持ちがあると、長時間の作業も苦にならないのかもしれません。

大量に積み上げられた薪についてもお聞きしてみると、

「窯を一回焼くにもかなりの量の薪がいるんですけど、そこの調達は全部地元の “木こり” の方にお願いしているんです。90歳なんですけど、バリバリ現役で、一人で山から何百束も運ぶんですよ。スーパーじーちゃんです。笑」

こうした地元の方の協力も、その土地の窯業がずっと続いていける理由なのかもしれませんね。

弘通さんですが、実は2年間サラリーマンを経験していました。
外に出たことで家業の価値に気づき、陶芸の学校で基礎を学ぶことを決意。そして5年前に工房に戻り、焼き物の仕事を始めました。

二代目の父とはなんでもフランクに話せる関係で、弘通さんも日頃からわからないことはすぐに聞くようにしているそう。

「技術的なことは父に教えてもらえても、感覚的なところはわからないので、そこはもう見て覚えるしかないですけどね。」

職人の高齢化もあり、この地区の窯元でも薪窯を焼成する方が減っています。その頻度も年に1回くらい。

そんな中、伝市窯では年に7、8回ほど薪の窯を使い、さらにガス窯での作品作りも並行して行うなどとても精力的。三代目の活躍も期待されますね。

伝市鉢を焼く登り窯は、穴窯と似ているようにも見えますが、焼き物を入れる部屋数が多く、扱いが難しいのだそう。
この窯では父・達也さんが写真手前の位置で先導(指示役)を努め、薪の量やタイミングを指示。弘通さんは奥で薪を焚べる作業を担当し、伝市鉢を焼き上げています。

中に作品を置く「窯詰め」の作業も重要な仕事。作品の配置で火の通りも変わるため、知識と経験が物を言います。

「先導と窯詰めを任せてもらえたら、一人前として認めてもらえた感じですね。僕はまだです。笑
なのでいまは穴窯で勉強中ですね。」

同じ窯でも、焼く人によってやり方が異なり、作品の表情も変わるという薪を使った焼き方。先代と二代目でも雰囲気が全く違うものに仕上がるというから、焼き物の奥深さを感じますね。

ただいま夜の7時。薪焚べの作業はまだまだ続きます。

3.親子三代がつむぐ伝市鉢の工房

翌朝工房の方にお邪魔すると、

「無事終わりました!」

と、どこかスッキリとしたお顔で出迎えてくれた弘通さん。
火入れ4日目の今朝まで薪焚べを続け、最終的に1300℃くらいまで温度を上げられたそう。窯出し(作品を出す)ができるのは熱が冷める3日後以降。仕上がりが楽しみですね!

工房の中はほのかな土の香り。
こちらの工房では父・達也さんと二人で器の成形を行っています。

作る数も、一つの鉢に使用する土の量も多い伝市鉢では、まず土練機(どれんき)という機械で600kgもの土をブレンドするところから始まります。

植物の種類に合わせて、独自に配合を施した3種類の土を用意。籾殻(もみがら)や砂を合わせた一番目の荒いタイプは、水をたくさんあげて、なおかつ根腐れさせたくない植物向けの鉢。
鉢の形以外に、土の配合にまで工夫があったのですね。すごい。

依頼のあった植物の数だけある、サイズを測るためのトンボ

土の粒子を整える菊練りという作業をしたら、いよいよ成形へ。
注文数の多いものは、一つ一つの鉢が同じ大きさ、同じ厚みになるように土のグラム数を揃え、ろくろで形を作っていきます。

この日も父の達也さんは不在。

「父みたいな威厳はないですけど。笑」

と言いながら、弘通さんはろくろを回す様子を見せてくれました。
4日におよぶ窯の火入れの後にも関わらず、ありがとうございます!

丸い土の塊から、あっという間に一つの鉢が完成。美しいフォルムに編集部一同「お〜!」と感動。迷いのない手つきに、職人さんの日頃の鍛錬が伺えます。

「鉢の内側の形も大切なんです。内側に角があるとそこに水が溜まって、夏とかは水が熱くなって根腐れしたり、冬場は根っこが凍っちゃったりするんですよ。」

底穴が一際大きく開いた鉢も発見。これは山野草愛好家から依頼のあった、「雪割草」のための鉢。
植物それぞれの特徴に合わせて寸法、形状、土の配合を決めて作り、そういった気遣いが植物の育成に素直に出るのだとか。

知れば知るほど、伝市鉢のすごさに惹き込まれますね。

注文数の多い鉢はガス窯で
素焼きと呼ばれる1回目の焼きには電気窯を使用

土からつくって色付け、焼き上げまでにはおよそ3週間かかるという鉢づくり。
古くから付き合いのある植物愛好家や企業からの依頼が絶えませんが、なんと新規の客でも「一つから」注文することができると聞いて、編集部もびっくり!

「昨日今日のお客さんでも、1個でも、100個でも、注文はOKです。でも父と二人でやっているので、時間がかかることだけは了承してもらってます。」

現在は半年待ちのお客さんもいるそうですが、自分の育てている植物のために、専用の鉢をオーダーするなんて素敵ですね。
この植物にはこんな鉢が合う、なども相談に乗ってもらえるので、植物ファンだけでなく、これから植物を育ててみたいという初心者の方にも優しい窯元さんです。

4.三代目の目指す、変えないこと、表現していきたいこと

工房入り口では気に入った鉢を購入できる
「お客さん一人一人とお話しするのは楽しいですね」

オーダーの対応から制作、発送、工房に買いにくるお客さんの対応まで、親子二人だけで行っていると聞き、さぞかしお忙しいのかと思っていると、

「自分の関わったものがお客さんの手元に届くまで見られるので、面白いですよ。」

と、話す弘通さん。

平日でも伝市鉢を買い求めに工房を訪れる人も多く、登り窯で焼いたものは特に人気があるといいます。

「お客さんに商品を求めてもらっているから僕たちも作れるので、たくさん使ってもらえるのはありがたいですね。焼き物も年配の方が多かったりするので、僕ら世代が今やっとかないといけないって思ってます。難しいけど、面白いです。」

三代目という重みも少なからず背負っているように感じましたが、弘通さんからは「楽しい」「面白い」「勉強になっている」という言葉が何度も出てきていたのが印象的でした。

「窯元って、次の代になったら新しいものを期待されることが多いんですけど、うちの窯は “変えないこと” の方が求められていると思います。僕の代でも、祖父の作ってきた鉢の形は変えずに、でも焼き方で表現したり、その植物をどういう立ち位置に持っていけるかとか、僕なりにやっていきたいですね。」

植物のために作られた、植物のための伝市鉢。
その機能性に富んだ鉢で、一度はお気に入りの植物を育ててみたいと思った方も多いはず。
三代目のこれからの挑戦にも注目していきたいですね。

毎年10月頃に行われる「丹波焼陶器まつり」は、全国から10万人もの人が同地区に訪れる一大イベント。およそ50軒の窯元の作品を購入できるほか、つくり手と話ができたり、催し物もいろいろ。この機会にぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

丹波立杭市野伝市窯
兵庫県丹波篠山市今田町上立杭488
HP

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