香りと旅して

香り

アロマテラピーのはじまり

アロマテラピーとは、植物から抽出した香り成分である精油を使って、美と健康に役立てていく自然療法と定義されています。
世界中で昔から行われていたとされるこの療法。アロマテラピーの歴史から見えてくる、「人びとと香りとの関わり」とは一体?

1.アロマテラピーの歴史

古代エジプト、ギリシャ、ローマ

ジャッカルの頭をもつ古代エジプトの死人の神アヌビスがミイラの世話をしている

古来より神事や医学において「香り」は欠かすことのできない存在でした。

エジプトの神殿では香料が焚かれ、魂の再生を信じ、ミイラ作りが行われていました。その際に使われていたのが没薬(ミルラ)という樹脂。遺体を没薬を使った香油で清めて殺菌し、他の樹脂や植物とともに防腐剤として使用されたと記されています。

その頃、ギリシャやローマでは、医学・薬学が目まぐるしく発展を遂げ、暮らしの中で「香り」は欠かせないものとなっていきます。
ローマ帝国の皇帝ネロはバラを好み、バラの香油を身体に塗らせたり、皇帝が合図すると天井からバラの花が降るなど、常に部屋をバラの香りで満たしていたとも言われています。

中世ヨーロッパ

ペストマスクをつけた医者の図

このころ、ペスト(黒死病)という伝染病が世界的に流行。街灯でハーブやスパイス、乳香、安息香などを炊くようになります。香煙を炊くことによって、伝染病の抑制や死の臭いを消すと考えられていました。
ある時、ペスト患者の亡骸から金品を奪って捕まった4人組の泥棒は、ペストにかからなかったそう。その理由を聞いたところ、ローズマリー、タイム、セージ、ラベンダー、ミントなどのハーブを酢に漬け込んで作った殺菌効果の高いハーブビネガーを全身に塗っていたからと判明しました。
また、香料を扱う薬剤師や商人は、常にこれらのハーブを扱っていたため、ペストに免疫があると考えられていました。
そのため、人々は香りを放つ植物を持ち歩くようになったと伝えられています。

近世〜近代

主に医学に用いられてきたハーブやスパイスから、香料としての精油が抽出されるようになったのは16世紀ごろ。
その後、香りの文化は、イタリアやフランスなどの社交の場にも用いられるようになりました。

ルイ14世は、好みの香りを調香できる専属の調香師を雇ったという説もあるほど。
十字軍遠征から戻った騎士たちが持ち帰った「香りのする革手袋」が流行し、南フランスのグラース地方にも波及。温暖な気候も相まって、芳香植物の生産が盛んになりました。そのため、グラース地方は香料産業が中心となり「香水の都」と呼ばれるようになりました。

2.アロマテラピーとは

アロマテラピーという言葉が生まれたのは、1937年。フランス人化学者 ルネ・モーリス・ガットフォセが、自らのやけどの治療にラベンダー精油を使用した経験から著した『Aromatherapie(アロマテラピー)』から命名されました。
アロマ=芳香、テラピー=療法からなる造語で、彼は精油の治療的な効果について研究に没頭していきました。

1942年には、フランスの軍医 ジャン・バルネが、インドシナ戦争の負傷者に精油から作った薬剤を治療に用い、医療現場でのアロマテラピーを普及しました。
身体と精神とに作用をもたらすという新たな考え方を導入したのが、オーストラリア生まれの マグリット・モーリー
彼女は、「精油を植物油に希釈した“トリートメントオイル”を塗布する。」という手法を開発し、精油による美容法と健康法を世に広めた第一人者です。
この手法こそ、今となっては街中のサロンで気軽に体験できる「アロマトリートメント」の起源なのです。
彼女の研究成果や取り組みは、イギリスのアロマテラピー界に大きな影響を与え、ホリスティック・アロマテラピーの発展の基盤が作られました。

ルネ・モーリス・ガットフォセ、ジャン・バルネ、マグリット・モーリーの3名は、「近代アロマテラピー建設者」と称されています。

3.アロマテラピーの定義

AEAJ(公益社団法人日本アロマ環境協会)では、アロマテラピーを以下のように定義付けています。

アロマテラピーは、植物から抽出した香り成分である「精油(エッセンシャルオイル)」を使って、美と健康に役立てていく自然療法です。

アロマテラピーの目的

●心と身体のリラックスやリフレッシュを促す
●心と身体の健康を保ち、豊かな毎日を過ごす
●心と身体のバランスを整え、本来の美しさを引き出す
 引用文献:アロマテラピーとは | 公益社団法人日本アロマ環境協会

4.偉人とアロマテラピー

絶世の美女と言われたクレオパトラ

クレオパトラは、ジャスミンやローズといった華々しい香りを好み、ローマ皇帝など多くの英雄をも魅了、政治にまで利用したとされています。
さらに、植物油に様々な芳香植物を加えて、入浴後にトリートメントとして使用していたそう。

香りの最先端をいくマリー・アントワネット

フランス革命中、激動の人生を送ったマリー・アントワネットも香りに魅了された女性の一人です。ローズとバイオレット(すみれ)の香りを自身の香りと決め、当時ベルサイユ宮殿内で流行していたかつらには、パウダー状に砕いた原料を頭に振りかけていたそう。

ルイ15世のころには、ベルサイユ宮殿は「芳香宮」と呼ばれるほど、香りに包まれていて、毎日香りを変えるという習慣が大流行となりました。

香水マニアのナポレオン・ボナパルト

フランスの初代皇帝ナポレオンは、1ヶ月に60本もの香水を使用したとのエピソードも残るほどの生粋の香水マニア。特にお気に入りの香りは、オレンジやローズマリーといった甘さのある爽やかな香り。なんでも、普段から洗顔などにも使用していたとか。

戦乱時代の武将たちのロマン

戦乱の室町幕府を統治していた足利義政や織田信長、徳川家康などの権力者たちがこぞって欲しがったとされる香木「沈香(じんこう)」。奈良時代、中国を経由し聖武天皇の手に渡った巨大な沈香は、正倉院に現在も収蔵されています。

5.日本と香料

日本と香料の歴史は、飛鳥時代にまで遡ります。
仏教の伝来とともに、アジア諸国からたくさんの文化が日本にも入ってくるようになりました。
香りについて記述されている最も古い書記は「日本書記」。
595年には、現在の淡路島に香木である「沈水(じんすい)」が漂着したと記されています。
平安時代に入ると、貴族の間で「お香」が楽しまれるようになりました。
衣服や寝具に香を焚く「薫衣(くぬえ)」や、香りを調合し評価を競う「薫物合(たきもの合わせ)」の様子が、紫式部の「源氏物語」に描かれています。
室町時代には、香木を焚いて立ち上る香煙を鑑賞する「香道」が確立されました。これは、日本の伝統文化として現在も継承されています。

明治時代に入ると、ヨーロッパから石鹸や香水などが輸入されるようになり、日本における香り文化は大きな変化をむかえます。
日本でも精油を抽出する目的で、薄荷の栽培が北海道北見市を中心に始まりました。
富良野地方では、フランスからラベンダーの種子を入手、品種改良を行い、土地に合う品種の栽培が続けられています。

香りの心理的な効果を研究している鳥居鎮夫氏(東邦大学名誉教授)は、随伴性陰性変動(CNV)と呼ばれる特殊な脳波を用いて、香りの鎮静作用や興奮作用を検証。1986年にはイギリスで開催されたシンポジウムで実験結果を発表し、高い評価を得ています。

現在、日本特有の精油「和精油」が、国内外から注目を浴びています。
ゆずやヒノキ、薄荷など日本人に馴染みのある植物から採れる、日本ならではの香りに大きな期待が寄せられます。

参考サイト
アロマテラピーとは|AEAJ(公益社団法人日本アロマ環境協会)
アロマテラピーの歴史|山梨県厚生連健康管理センター

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